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モラハラ相談室


「断られること」より、「無視されること」のほうが苦しい
「今日は話したくない」 「そのお願いには応えられない」 たとえ断られたとしても、言葉で伝えてもらえれば、相手の意思は分かります。 けれど、モラハラの関係では、 ・何を尋ねても返事がない。 ・話しかけても無視される。 ・LINEを送っても既読のまま。 理由も分からないまま、何日も、何週間も沈黙が続くことがあります。 すると、無視された側は考え続けます。 「私が何か悪いことをしたのかな」 「怒らせるようなことを言ったかな」 「どうすれば、また話してもらえるのだろう」 ただ、はっきり断られることも、もちろん傷つきます。 けれど、断るという行為には、「あなたの言葉を受け取ったうえで、私はこう考えています」 という意思表示があります。 一方、理由も伝えられないまま無視されると、意見だけでなく、自分の存在そのものまで否定されたように感じることがあります。 何より苦しいのは、答えがないまま待たされ続けることです。 いつまで続くのか分からない。 話しかけていいのかも分からない。 家の中で相手の顔色をうかがいながら、緊張した時間を過ごすことになります。

酒井ちはる
9月21日読了時間: 2分


「嫌」と言えなくなったのには、理由がある。
「嫌なことは、嫌って言っていいんだよ」 そう言われても、嫌って言えないから困ってるんだよ。 そう思う人もいるのではないでしょうか。 夫に 「それは嫌」と言えば、「わがまま言うな」 「今日は無理」と言えば、「俺のことはどうでもいいんだな」 「その言い方は傷つく」と伝えれば、「お前が気にしすぎなんだ」 「私はこうしたい」と言えば、不機嫌になる。怒る。無視される。 そんなことが何度も続いたら、「嫌」と言うこと自体が怖くなってしまいます。 嫌だと思わなくなるのではありません。 嫌だと言った、そのあとのことが怖くなる。 だから、言葉を飲み込むようになるんです。 我慢するほうが安全に感じる 本当は嫌なのに、 「これくらい我慢しよう」 「私が合わせればいい」 「怒らせないほうがいい」 そう考えて、自分の気持ちを引っ込める。 その場では、それで揉めずに済むかもしれません。 けれど、それが長く続くと、 「私は何が嫌なんだろう」 「私は本当はどうしたいんだろう」 そんな自分の気持ちまで、少しずつわからなくなっていきます。 いつの間にか、自分がどう思うかより、

酒井ちはる
8月22日読了時間: 3分


「普通はこう」に合わせるのをやめたら人生がラクになった。
私たちは、思っている以上に 「周りと同じ」を基準にして生きています。 みんながそうしているから。 普通はこうだから。 妻ならこうするものだから。 母親なら我慢するものだから。 夫婦ならこれくらい仕方がないから。 そんなふうに、 「私はどうしたい?」よりも、「みんなはどうしている?」を先に考えてしまう。 私自身も、長い間そうでした。 特に夫との関係では、 夫がどう思うか。 夫が怒らないか。 夫の機嫌が悪くならないか。 そこを基準にして行動を決めることが、とても多かったんです。 けれど、それを続けていると少しずつ、 自分で自分の人生を選んでいる感覚がなくなっていきます。 「普通だから」は、本当に私の答え? 私たちは子どもの頃から、 周りに合わせること。 迷惑をかけないこと。 空気を読むこと。 そんなことを大切にしてきました。 もちろん、人と一緒に生きていくうえでは必要なことです。 けれど、周りに合わせることと、自分をなくすことは違います。 たとえば、 「夫婦なんだから我慢するのが普通」 「これくらいどこの家庭にもある」 「離婚しない方が子どものた

酒井ちはる
8月16日読了時間: 4分
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